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福岡高等裁判所 平成3年(う)274号 判決 1992年10月13日

本店の所在地

福岡市早良区曙二丁目一一番二二号

有限会社

モリゼン

(右代表者代表取締役 久保田守)

本籍

滋賀県彦根市栄町一丁目二三番地

住居

福岡市南区西長住二丁目一一番一号

会社役員

久保田守

昭和一六年九月二四日生

右有限会社モリゼンに対する法人税法違反、右久保田守に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件について、平成三年八月七日福岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名からそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官森統一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人加藤石則提出の控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は、検察官森統一提出の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人久保田及び被告人有限会社モリゼン(以下「被告会社」という。)は、いわゆる商業手形割引のみならず、商工ローン及び単名貸付においても、顧客に、支払期日までの金利を上乗せした約束手形を発行させてこれを割り引いたうえ、有限会社丸善(以下「丸善」という。)でその手形を再割引していたものであるところ、手形割引の法的性質は売買であるから、被告人両名は、顧客から手形を買い取ったうえ、これを丸善に売却していたというべきであり、そうすると、支払期日が翌年度に到来する手形に関する場合であっても、割引料から再割引料を差し引いた差額の金額全部が、その手形を再割引した年度の収益となるはずであるのに、原判決が、原判示の各事実を認定するに当たり、支払期日が翌年度に到来する手形に関しては、割引した日から当該年度の末日までの金利相当分を当該年度の収益とし、翌年一月一日から支払期日までの金利相当分を翌年度の収益として認定しているのは、事実を誤認したものである、というのである。

しかし、徳永幸一の当審証言を含む関係証拠によれば、金融業を営んでいた被告人両名は、主な営業方法として、融資を求める顧客との間で、金銭消費貸借契約を結び、右顧客に返済期日までの金利を上乗せした約束手形を発行させ、これを割り引く方法で融資したうえ、すぐにその手形を丸善で再割引してもらっていたこと、また、被告人両名が顧客から徴した約束手形を丸善で再割引してもらうに当たっては、その手形が不渡りになった場合これを丸善から買い戻すことが条件となっていたことが認められるから、顧客からの割引料は、顧客に対する金銭貸付による支払期日までの利息の性質を有するものであり、丸善に対する再割引料は、丸善からの金銭借受けによる支払期日までの支払利息の性質を有するものであることが明らかであるとともに、丸善での再割引が前記のとおりの条件付きである以上、右再割引をもって収入が確定するとみるべきではない。そうすると、被告人両名の手形割引による収入は、顧客に対する金銭の貸付による利息収入の性質を有するものであるから、手形割引の法的性質は売買であるとしても、税法上は、支払期日までの間の期間経過に対応する収入とみるべきであり、所論のように手形の再割引時に収入が確定するとする見解を採用することはできない。

なお、事業所得の総収入金額の収入すべき時期について定めた所得税基本通達三六一八の(7)は、「金銭の貸付けによる利息又は手形の割引料でその年に対応するものに係る収入金額については、その年の末日(貸付期間の終了する年にあっては、当該期間の終了する日)。ただし、その者が継続して、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げる日により収入金額に計上している場合には、それぞれ次に掲げる日」としたうえ、「ハ、手形の割引料、その手形の満期日(当該満期日前に当該手形を譲渡した場合には、当該譲渡の日)」と規定しているところ、弁護人は、右ただし書のハの括弧内の場合の取扱いを企業会計の原則であるかのように主張するとともに、本件の場合、右ただし書のハの括弧内の規定により、手形の再割引の日が、手形の割引料(差額)の収入すべき時期とされるべきである旨主張する。しかし、右ただし書は括弧内の部分を含めて、例外的な規定であることが明らかであって、右括弧内の場合の取扱いを企業会計の原則的なものとみることはできないうえ、徳永幸一の当審証言を含む関係証拠によれば、被告人久保田は、右ただし書の「その者が継続して、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げる日により収入金額に計上している場合」に該当しない(なお、法人である被告会社の手形割引料収入については右通達の適用がないうえ、同会社も、手形割引料を右ただし書に規定するようには計上していなかった)ものと認められるから、右ただし書のハの規定を適用する余地はなく、右主張は採用できない。

したがって、支払期日が翌年度に到来する手形に関する場合であっても、割引料から再割引料を差し引いた収益金全部が、その手形を再割引した年度の収益となると主張する所論は、採用することができず、原判決の認定に所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人両名に対する原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は、金融業を営む被告人久保田が、自己の所得税を免れようと企て、昭和六一年分の実際の所得金額は八四六八万六六四三円であったのに、真実の所得金額を隠蔽し、所得金額は四二〇万〇四〇四円で、これに対する所得税額は一〇万四八〇〇円である旨虚偽の確定申告をし、正規の所得税額四五三八万五九〇〇円との差額四五二八万一一〇〇円を免れ(原判示第一)、被告人久保田は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、公表経理上収支の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和六一年度分及び同六二年度分の実際の所得金額は合計五五三〇万四二八二円であったのに、右両年度分とも欠損で、納付すべき法人税額はない旨虚偽の各確定申告をし、正規の法人税額合計二一四七万一五〇〇円を免れた(原判示第二の一、二)という事案であるところ、本件各犯行は、計画的に行われた逋脱率の極めて高い過少申告事犯であり、逋脱額も少なくはないこと、脱税の動機は、安定した経営をするなどのために資金を蓄積しようとしたというのであるが、右のような動機は特に酌量すべき事情とはいえないこと、本件のような脱税犯は、申告納税制度を蝕む悪質な犯行として厳しく責められねばならないことを併せ考えると、被告人両名の各刑事責任を軽視することはできない。してみると、被告人久保田が、本件査察開始後は、本件各犯行に及んだことを反省し、本件の調査及び捜査に協力的態度をとり、既に修正申告をしたうえ、脱税分等を分割払いで納付することにし、一部を納付していること、これまで被告会社に前科はなく被告人久保田にもさしたる前科はないこと、その他被告人両名に有利と思われる諸般の事情を十分考慮しても、被告会社を罰金六〇〇万円に、被告人久保田を懲役一年及び罰金一二〇〇万円、三年間右懲役刑の執行猶予にそれぞれ処した原判決の量刑はいずれもやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

なお、職権により調査するに、当審における事実取調べの結果によれば、原判決書別紙(二)昭和六一年分の税額計算書中、所得金額の逋脱額欄に「80,486,643」とあるのは、「80,486,239」の誤りであり、同別紙(三)一枚目の同年分の修正損益計算書中、各公表金額の合計欄にいずれも「24,720,191」とあるのは、「37,948,343」の誤りであると認められるが、右はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかなものではない。

それで、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 雑賀飛龍 裁判官 濱崎裕 裁判官 川口宰護)

平成三年(う)第二七四号

○ 控訴趣意書

被告人 有限会社モリゼン

外一名

右の者に対する法人税法違反等被告事件についての控訴の趣旨は左記のとおりである。

平成三年一一月一九日

右弁護人 加藤石則

福岡高等裁判所第二刑事部 御中

第一 原判決は、被告会社を罰金六〇〇万円に、被告人久保田守を懲役一年及び罰金一二〇〇万円に各処したが、その量刑重きに過ぎて失当であり、到底破棄を免れないものと思料する。

一 本件は、逋脱税額において、個人及び法人ともに少額で、近時における逋脱事犯では最も小型に属しその手口も単純売上除外事犯である。原判決は「被告人久保田が、本件の発覚を困難にするため、証拠資料を廃棄したり、収支を簿外にするなどの行動にも出ていることも考慮すると犯情は芳しくなく、・・・・」と摘示しているが、税の逋脱事犯においては、「偽りその他不正の方法により」税を免れたことが犯罪の構成要件であり、不正の方法を講じて初めて犯罪が成立するものであり、訴追された逋脱事犯には必然的に計画的な所得の秘匿工作を伴っているのであり、それらの中にあって、他と比較対照して、その手段方法が特に悪質巧妙であるか否かが評価されるべき問題である。そうすると、本件の所得の秘匿方法はさして緻密でも巧妙でもなく、査察調査を受ければ容易に発覚する程度の単純で、いわば幼稚な方法であると言えるものである。しかも被告人は査察開始以来、素直に取調べに応じて各種資料を提出し、査察に協力して早期に適正な税額が算出されるに至っているのである。したがって、逋脱の手段、方法の点で、本件を他の事案に比して特に犯情が重いものに評価されるべき理由は存しないのであり、原審は情状の評価を誤っていると思料する。

二 被告人は昭和五九年六月に貸金業を開業し、同六一年六月に法人として業務を開始したものであるところ、本件は創業期における二事業年度分の逋脱の責任を問われたものである。被告人は、以前経営していた日本建設資材が倒産し、多額の負債を抱えた状態で、金融先の北田肇氏の援助の下で自己資金なしで金融業を始めたものであり、営業の基礎、被告人の表現によればだるまの芯になるべき資金を蓄積したいと切望していたものである。

被告人久保田もしくは被告人会社のノンバンクの営業は、決して安定したものではなく、現に昭和六一年一一月には上限利率が日歩二〇銭から一五銭に引き下げられ、利益率が大幅に減少しているが、顧客から買い取った手形を再割引していた前記北田の丸善は右の利率の引下げにも拘らず再割引の日歩九銭の利率を変更せず、かえって翌年からはそれを日歩一〇銭に値上げしているのである。

そのために、被告人の場合は、違法な方法ではあったが(それがまさに本件の脱税である)、資金を蓄積していて、丸善での再割引を減少させ、独自に業務を執行したため営業を維持することができたが、被告人と同様の立場にあった系列店の香椎丸善や喋屋はいずれも行きづまって丸善に対する不渡手形の買戻しができずに、個人の不動産を北田から取り上げられるに至っているのである。

また現在の日歩一五銭の利率についても、これは暫定的なもので、将来はこれを更に引き下げることが予定されていると伝えられており、そうなれば被告人会社のようなノンバンクはますます利幅が小さくなり、一方では銀行等に比してはるかに倒産、手形不渡の危険を負担しているわけであるから、営業がますます困難になり、営業が成り立たなくなるおそれが多分に考えられるのである。

このように、不安定で将来を懸念される状況であったからこそ、被告人としては、だるまの芯となり、経営の基礎となるべき資金の調達をあせる余り行き過ぎた節税を行ったものであり、動機において十分に斟酌の余地があるものと思料するのである。

三 本件の逋脱は被告人久保田もしくは被告人会社の親会社とも言うべき丸善の北田の影響で、いわば同人の指示に基づいて行われたものである。

北田については、被告人が金融で成功し、税を逋脱する程の利益を上げる基礎にかかわった人物だけに同人に不利益な事実を供述することははばかられ、原審における被告人質問で北田の質問てん末書について若干の弁明をしたに過ぎないが、同人は極めて特殊で偏りのある性格の持主で、被告人が丸善で手形の再割引をせず同人に利益を上げさせなくなったことに憤慨し、被告人を中傷するビラをまいたり、顧客に対して直接被告人を誹謗する文書を送付し、あるいは再三にわたって深夜に被告人宅に押しかけ、執拗に言いがかりをつけて被告人を難詰した上、査察官の事情聴取に対しては、全く事実に反して被告人に不利な供述を行ったものである。

実際には、丸善の顧客を分譲してもらったり、不正(脱税)の加担を依頼した事実は全くないのである。被告人の営業について北田に多大な恩義があることは間違いなく、北田の方からすれば再割引の方法で資金を援助したというのであるが、これは見方によると、被告人側は日歩九銭の割引料を支払った上で、不渡りになれば買い戻すのであるから、被告人の危険と経費の負担の上で、安全確実に丸善が利益を上げていたわけであるから、何も一方的に援助を受けていたという関係ではないのである。

したがって、利息制限法による利率が引き下げられたのに拘らず、営業困難な再割引利率(日歩九銭というのは、手形額面に対するものであるので、実際に融資する金額に対しては日歩一二銭にも相当することになる)を押しつけられて、丸善で再割引をしなくなったと言っても、忘恩の徒として非難されるのは当たらないと思料するのである。

北田の丸善は昭和六〇年に査察を受けているものの、その後も再割引の一部を除外して税を逋脱しているものと被告人は理解していたので、北田の指示する以上の所得を申告することは被告人の立場では不可能なことであったのである。

このように、本件は逋脱の動機、態様において、被告人に有利に斟酌されるべき諸情状が存するので、原審認定の逋脱額が正しいとしても、原審の量刑は重きに過ぎて失当である。

第二 原判決には所得金額及び脱税金額の認定に関して事実の誤認があり、判決に影響することが明らかである。

一 検察官の公訴事実及び原審認定は、いずれも被告人久保田並びに被告人会社の所得金額について、受入割引料を、事業年度によって区分し、支払期日が翌年に到来する手形の割引料については、一月一日から期日に至るまでの日数に応じた金利を前受収益として、翌期の収益とし、割引した当該年度の一二月末日までの金利を該当年度の受入割引料と認定している。

二 被告人久保田及び被告人会社は、商業手形割引のみならず、商工ローン及び単名貸付においても、支払期日までの金利を上乗せした手形を顧客に発行させ、これを割り引いた上で、丸善で再割引していたものである。手形の割引の法的性質については、これを売買と見るのが通説判例であり、被告人は顧客から手形を買い取り、これを丸善に売却していたのであるから、支払い期日が事業年度をまたぐか否かに関係なく、割引料の金額から再割引料を差し引いた差額全体が当該年度の収益である。

三 被告人は公訴事実を認めて争わなかったが、被告人質問では若干右の主張をしたものの原審の理解を得られなかったので、主張が中途半端に終わったが、手形の割引が売買である以上は、割引及び再割引の段階でその差額の金額が当該年度の収益であると言うのが被告人の持論であり、所得計算の上で前受収益として翌期の収益とされたものを当期の収益とすれば、税額の計算上も大きな差異を生じることになるので、当審において、右主張の当否の判定を受けるため上申する次第であるが、右主張については、弁護人においてなお検討中であるので、追って補充申立をする予定である。

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